-after days-

早朝散歩 / 眠さで死ねる / 朝7時、空は暗い / 生気がぬけた顔ばかり / 雲間の光が眩しくて /
そして、夜 【お題…「早朝5題」月夜烏  砂人(スナト)様】

朝7時、空は暗い

 ハッハッハッ……荒い息を整えて頭を2,3回振る。左手につけたリストバンドで額の汗を拭うが、立ち止まったせいで堰を切ったように溢れてきた。リストバンドでは間に合わず首に巻いたタオルで顔をこする。何年も続けている、早朝訓練と称したマラソン。1時間酷使した足と、握り続けた手もぶらぶらと振って力を抜く。

 ダメだ、今日は調子が悪い。わかっていたけど。

 早く走り切って、訓練の最後にいつも来ると決めているこの公園に来たかった。なのに足は重くて思うように進まず、気持ちの面で余計疲れてしまったかもしれない。

整理運動まがいにジャンプしたり体をゆすったりしながら、周りに視線を配る。
ブランコが二つ並んだだけの簡素な公園。錆びついたごみ箱は溢れかえっているし、最近は生活ごみまで捨てられている。何を捨てているのか知らないが、ごみ袋をつついたカラスが痙攣していたことがあった。本能的に助けてやりたくもなったが、この街でカラスは歓迎されていないためその日は公園を素通りした。未だに思い出すと胸がチクリと痛む。いや、はっきり言ってしまってカラスはどうでもいい。だが、アイツがそのことを知ったら、俺は責められるだろうと思って胸が重くなる。アイツはそんなことはしないはず。

……アイツのことが頭に過った自分も末期だと思うし、アイツを基準に物事を判断している自分も笑えてくる。だけど、今に始まったことではないし、言葉にして言わなければ問題ない。

 「ミャー」そう、ここに来る目的はコイツ。黒い野良猫。

 俺を見ると尻尾を立てて近づいてきた。体ごと伸ばして、しゃがんだ俺のハーフパンツに長い爪を引っかけた。「相変わらず威勢いいな」仏頂面の俺にこんなに甘えてくるのもお前だけだよ。いつものように、マメの固くなったごつごつした手で華奢な背中を撫でた。薄い皮膚の下の細い背骨をなぞるように。トクトクという鼓動が気持ちいい。

 が、いつもと何か違う匂いが鼻孔をかすめた。

 「……バニラの匂い。誰かに餌でももらったのか?それとも、食いしん坊なお前は誰かから奪い取ったか?」

 くりくり目配せする憎めない顔。「知らないよ、何のこと」という言葉が聞こえてきそうだ。

そうやって誰にでも媚を売るのか、と呆れつつ、ベタ惚れしてしまったコイツの頬をつついた。そして、抱きかかえたままブランコの柵に座る。コイツは人間に慣れて切っているが、いつまで経っても大人しくしない。腕の中で暴れるわ、爪を立てるわ、指を甘噛みするわ、とにかくせわしない。それでも、俺のでかい手で頭を包むようにくしゃくしゃっとすると、一瞬大人しくなる。何かに包まれるのは嫌いではないのかもしれない。

 コイツと出会ったとき、コイツの兄弟は腐敗した匂いのする、何か黒い影の近くに集まってウロウロしていた。赤黒い水溜まりの中から、チラっと白いものが視界に入ってきた。骨。激しい嘔吐感が押し寄せた。
おそらくコイツの母親。車に轢かれたのだろう。この公園の隅に遺体を埋めた。猫の兄弟たちは俺に敵意をむき出しにして噛みついて来たり引っ掻いて来たり、散々に俺の邪魔をした。
 コイツだけは、離れて逐一俺の行動を大人しく観察していた。その時の冷たい眼光は今でも忘れられない。
 あの時、俺はえずきながら、ボロボロと涙と鼻水を垂れ流して、震える手で肉と骨がむき出しになった体を抱きかかえた。そんな俺をじっと見ていた目は、何か見定めていたような気さえする。こんなに愛らしくじゃれて来るとは思わなかった。猫とは不思議なものだ。

 ふっと猫の顔が影に隠れる。雲が出てきた。少しくらい曇ってくれる位なら涼しくていいが、湿気が逃げなくて余計むわっとする。夜になったら雨になるかもしれないな。

 今日の夜に雨だけは避けてほしい。アイツの身内が死んだ日も、雨だった。神聖な山で記録的な雨が降って、母神様が守ってくださるはずの里が大洪水に沈んだあの日。今日はアイツのめでたい日なのに、嫌なことを思い出して欲しくない。

「こんな時も母神様は意地悪なのか……」

 俺にも母神様の血は流れているのに、どうしても恨めしくなる時がある。その血が逆流して、皮膚を突き破ってほとばしり出そうなほどの激情に駆られる時が。

ヘラヘラと笑うアイツの顔も俺の神経を逆なでする。一族の長の血をひくアイツを傷つけても汚してもならないと本能が囁く。だけど、当のアイツは何も知らないし何も見ていないような顔して笑って、感受性が強くて敏感なのに鈍感な振りしておどけている姿は、もどかしくて拳が震える。それでいいのか、本当にそれでいいのか、と問いかけたいのに、強固に張られた壁の中に隠された脆さに、手を差し伸べてやることを恐れている自分が一番腹立たしい。

 今日は、特別な用意をしている。この地の常識や理性、尤もらしい理論に従って大学に進学したアイツに、特別な用意を。それを台無しにしてほしくない。だから、雨は降らないでくれ。

 「ぐるぅ」と猫が苦しそうに唸った。いつの間にか、抱いている腕に力がこもってしまったらしい。

「悪い」と言って手放すと、トンっと飛んで数歩駆けて空を見上げた。

「なあ、お前は母親が死んだ時どう思った?今は寂しくないのか?」

俺が真剣に聞いているのに、コイツはくねっと体を捻って愛らしい瞳を俺に向けるだけ。

「ホント、女って分かんねー」





■後書き
 連続更新!初男キャラ!! そして短い(びっくり)
 朝7時のお題クリアしてない気がするんだけど……一応時間系列的には1話のアサミの後、場所はアサミと同じ公園です。
 出勤時間が早い人で6時台から…って考えるとちょうどいい気がするんだけど、それを本文中に書き込めって話ですね、はい。
 ちなみに、下書き中にずっと聞いていた歌があります。その歌詞のせいで大分ごっつい表現出てきてる気がします。 
 
何か、笑っちゃうくらい恥ずかしいけど、一度書いたものって全部笑っちゃうからもう諦める(汗)

 ご閲覧ありがとうございました。
 2009.09.10 新田マエ


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