-after days-

早朝散歩 / 眠さで死ねる / 朝7時、空は暗い / 生気がぬけた顔ばかり / 雲間の光が眩しくて /
そして、夜 【お題…「早朝5題」月夜烏  砂人(スナト)様】

早朝散歩

 ぼんやりとのどの渇きを覚える。胸から上がぐらぐらして、手足がうまく動かない。

 窓から入ってくる風が鼻から頭に通り抜けて、ほんのちょっとだけ瞼を開いた。

 群青色の空。暗い。しんとする世界の空気。

 しっかり目を開けようとして、ツキンと頭が痛くなった。

 「あー」だか「うー」だか分からない音が口からこぼれてくる。そして、頭の中に浮かぶ「ヤバイ イマ ナンジ? キョウ バイト ナンジカラダッケ?」という文字。

 体はベッドに沈ませたまま、肩関節から先だけを動かす。指先が充電器のコードに触れ、いつも通り手繰り寄せた。
「……は、4時? え、てか、朝?」

 シフト表の写メを開く…12時から17時…まだまだ寝られる。

 だけど、もう眠くない。



 一体何時間寝てしまったのだろう。自分で呆れる。

 一昨日、ゼミの発表が終わって、クラスメイトと打ち上げやってオールして、仲の良い子と朝ご飯まで食べて昼ごろに帰宅。

 それから違う友達から電話がかかってきて2時間応答。また「私別れるかも」とどうでもいい内容。365日中360日は同じことを言っている気がする。眠くて適当に相槌を打っていることに気づいて欲しかったが、とにかく喋らないと気が済まなかったようで、延々と「私別れるかも」のループを聞かされた。

 こんな時、話を聞くのもタルいけど、話を切り上げることも面倒くさいから相手に合わせてしまうという、それこそ面倒くさい自分の性格が恨めしくなる。

 とにかく、その電話が終わったのが、午後12時ごろ。頭がヒートアップしてしまって、眠いのに眠れないから、バスタブに浸かりながらお酒をあおった。そのままバスタブでご就寝。壁にもたれた体がズルズルと下がっていって、鼻まで水が入ってきて慌てて眼を覚ました。バスタブから上がって、ちゃんと眠りに就いたのが午後2時。今から14時間前。

 「2日分寝た」

 さすがにもう眠れない。



 ベッドの上で寝返りを打つ。

 こんな時間にすることもない。今起きてゴソゴソやったら、お父さんもお母さんも起こしてしまうかもしれない。

 だけど、喉は渇いている。とりあえずまた瞼を下した。余計に喉の渇きを感じた。いや、このヒリヒリは酒焼けか。オールで飲みまくったのに向かい酒をした自分を呪いたくなる。そういえばお腹もすいた。そりゃそうだ、昨日の朝に食べたきりだ。

 はぁ。とひとつ溜息をついてリビングに下りて行く。喉の渇きはいやせたが、冷蔵庫に特に目ぼしい食べ物は入っていない。昨日の夕飯の残り入っていることは入っているが、ムカムカズキズキしてダルい体に、カレーは無理だと思う。

 顔を洗って、歯を磨いてパーカーとキャップを装備する。

 シャンシャン…と玄関ドアについた鈴がなる。

 「…暑ッ」まだ朝なのに。

 腕まくりをしてキャップのつばを下げた。まだちゃんと起きていない瞼の薄皮に紫外線が差し込む。じんわりと痛くて温かい。


 けだるそうな店員とのやり取りを終え、アイスとチューブのゼリーを買った。
 
 帰り際に公園へ。目的はブランコ。ベンチの代りだ。

 アイスを頬張りながら携帯を見る。さっき時間を確認した時、新着メールのアイコンが出ていた。
 誰かは予想がついた。打ち上げでクラスメイトにアドレスを教えたのだ。私に彼氏も好きな人もいないことを話すと、少し顔を紅潮させて、興奮を無理に抑えようとぎこちなく聞いて来た。

 あぁ、私のことが好きなんだ…とすぐに分かった。

 断る理由もないのでアドレスを教えた。

 案の定、その彼からのメール。10時間前くらいに着ていた。内容を確認する。



 ふと、視界の隅に黒い塊が入って来た。携帯から顔を上げる。
「あ、お前」
帰り道によくこの辺の道で遭遇する猫。
 いつもふらふら動きながらしきりにこっちを見ているけれど、追いかけると離れていく。一定の距離を置かれていた。

 なのに、今日は「ミャー」なんて愛らしい声を上げながら体を揺らして近づいて来て、サンダルを履いた二本の足に、黒い体を八の字に擦りつける。

 「うわーこの可愛さはなんだろ…」

 普段はこっちが‘おいでおいで’しても一向に近づいてこないというのに、どういう心境の変化なのかしら。

 膝に上ろうと柔らかい体躯を勢いよくくねっと伸ばした。

 「いたっ」硬い爪が皮膚に当たる。

 「もうー痛っいなー」と少し怒って見せ、アイスが当たらないように気をつけながら小さな体を抱き直す。

 細い骨が当たる。皮膚が柔らかくて、変に力を込めたら中身を潰してしまいそうで、おそるおそる抱える。

 ペットなんて飼っていないから抱っこの仕方がいまいち分からない。が、もそもそと体を擦りつけて来るので嫌ではないのかもしれない。

 温かい。

 頭を撫でてやった。微かに目を細める。柔らかくて整った毛並み。小さい体はトクトクと震えている。



 「ぐるぐるぐる」

 猫が唸ってアイス目がけて手を伸ばした。
 「わっ」と驚いた拍子にアイスが手から落っこちていく。愛らしい猫ちゃんもアイスに向かって飛んでいく。

 「なによ、目的はアイスなの」
珍しく可愛く甘えてきたと思ったら食べ物目当てなのか。ま、そんなもんだよな。

 私はゼリーの封を切る。猫がアイスから顔をあげてゼリーにも目を光らせたが、これはあげない。私の朝食だもの。

 ちゅるちゅるちゅると音を立てて吸ってゴミ箱に捨てに行く。その一部始終を猫は首を伸ばして見ていた。

 その子の元に戻ってきて「これも捨てるからね」とアイスの棒を取り上げる。キラキラしたピンクのネイルに砂利が引っ掛かる。猫はまた私の腕にしがみついてきた。

 「イタタ。だから爪が痛いんだって…」と言いながら、手荒にならないようにゆっくりと振り払う。

 ゴミ箱に行こうとすると、足元をまた八の字にぐるぐる回って通せんぼをしてくる。小動物に慣れていない身からすると、このサイズは蹴飛ばしてしまいそうで怖い。

 「もう、ホントにお前はなんなの…?」しゃがんで猫を抱きかかえる。が、腕をすり抜けて、背中に回って体を擦りつけてくる。腕を伸ばすとそれを避けて足の間を通り抜ける。くすぐったくて立ち上がると、体を伸ばして腿の辺りに絡んでくる。どうしていいかホントに分からない。可愛いんだけどさ。

 「ほら、こっちにおいで」「そこは擽ったいよ」「あーも、こっち!」と、追いかけっこが続く。

 この子は一体何を考えてるのかしら。

 真っ暗な帰り道では距離を置いてこっちをじっと見ているのに、朝日の下、アイスに釣られて猫なで声を出してゴロゴロ甘えてきたりして。そのアイスももうないのに。

 ……分からなくて当たり前か。

 アイスが欲しくて近づいてきた。きっとそれはホント。この愛らしい姿で甘えてきたら、誰だって油断してしまうものね。案外賢いのかもしれない。

 猫…可愛い。人見知り。孤高。甘えんぼ。一匹狼。仲間と一緒。色んなイメージがあるけれど、どれも当てはまりそう。猫なんて飼ったことないからよく分からない。

 追いかけっこを一人勝手に辞退して、すっくと立ち上がってゴミ箱に向かう。また足元にちょこちょこ体を寄せてくる。私はポケットにしまった携帯を取り出した。



【おはよう!昨日はお疲れ様。皆すごいはしゃいでたね、って俺もか(笑)
夏の予定は決まってる? またクラスの奴らも誘って遊びに行こうよ。】


 飲み会の時、彼に言われた。

 「アサミちゃんって誰にでもオープンで優しいよね」

 彼が席を移動してきて、ひとしきり私のいるテーブルで盛り上がった後、酒の力に背中を押されてボソっと言った。そしてごまかすように酒をあおった。酔った勢いで言ってしまって、なかったことにしたかったのだろう。今時こんな純情な男子がいることにはびっくりだ。すぐに甲高い割れた声で、いつも弄られている男子に一気飲みのコールをかけた。

 きっと彼は本心で言ってくれたのだろうけど、それでいいのかしら。自分だって私に特別な一人として大切にされるわけじゃないことを分かっていて誘っているのだろうか。

 ……あの子以外に大切な人はいないもの。他は誰も砂粒と一緒。味気ない色で、どこにでもあって、ちょっとした風ですぐに飛んで行ってしまう。取るに足らない存在。そんな砂粒に、いちいち見せる姿を変えるのも面倒くさい。

 アイスの棒を捨ててブランコに戻るまで、猫は私の導線を先取って進み、私が近付くと体を擦りつけたり、足の間をすり抜けたりという一連の行為を繰り返した。

 普段は素っ気ないのに、お菓子をくれる人間には人懐っこいのかしら。単純なやつ。けど、ハッキリ損得で考える奴は嫌いじゃない。

 公園の前を自転車が通り過ぎた。背広を着ていた。世間一般は出勤時間だ。日差しがギラギラと強くなってくる。今は日焼け止めも塗っていない。

 「じゃあね、私そろそろ帰るから」しばらくじゃれていたが、猫の頭を一撫でして私は立ち上がった。

 猫はまた入口のところまで足元に絡みついてきたが、「バイバイ」とあっさり別れを告げた。

 またお菓子持ってきてあげてもいいから、お互い淡白な付き合いをしましょう。

 ケータイのメール作成画面を開く。

 夏の予定は特に入っていない。

 女子大生らしく色恋沙汰に興じてみようか、なんて考え始めている。



【遅くなってごめんね。爆睡してた。バイトがちょっとあるくらい。どこ行こっか?】



 我ながら可もなく不可もない最適な返信だと思う。誰もいないのをいいことに、青空高く携帯を振りかざして「そーしーん」とボタンを押した。

 心の中には彼氏なんて面倒だなって思う気持ちと、彼氏くらいいた方が自然でいいよね、ちょっと遊びたいし、と相反する気持ちがあった。それでも、大切なのはあの子だけ。

 朝の太陽がジリジリと皮膚を焼く。たったこれだけのメールのやり取りが胸を焦がす。

 渇きと空腹はまだ満たされていないみたい。

 とりあえず、帰ったらシャワーでも浴びようか。



■後書き
 まだまだ続くので、書くことはない……。
 一応、お題の連作にしようと思っています。

 あと、うちの近所にはやたら人懐っこい猫の群れがいます。
 友達連れて来た時に「なんだこの天国はー!!??」とびっくりされ、
 「今ねー猫に囲まれてるのー」って意気揚々と別の友達に電話したら、
 「深夜にネコと戯れる女子大生って、不審人物か!!??」と突っ込まれました。
 猫すきー。
 犬もすきー。
 最近、また違う友達の家の犬もようやく懐いてくれました。キスされましたが、ものすごい勢いで突進してくるので歯がめちゃめちゃ痛かった。



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